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アヴァンティ 2008年 11月号

■「可愛がられる子どもに」

個室ビデオの放火によって、15人の方が亡くなられました。容疑者の男は警察に「生きるのが嫌になった」と証言しているそうですが、死にたくなったら他の選択があるだろうが!と思うのは私だけでしょうか。この容疑者のように離婚、数百万円の借金と言う現実はなくても、生きていればギリギリの状況に追いつめられることは誰だってあります。(えっ、無い!あなたは幸せ者です)それでも、1日1日踏ん張ってなんとか乗り越え生きて行く。それが人間力だと思うのですが。では人間力ってどうしたら培われるのでしょう・・・それは私にも解りません。生活の中で学び取るなにかだと思いますが。
今回はえらく重苦しい話になってしまいましたが、とにかく悪いニュースで新聞に載るような人生を送らずにいたいもの。様々な事件から感じられるのは孤独な犯人像です。会話の交わせる誰かがいればここまでに至らなかったのではと心が痛みます。私も孤立してしまった時期がありますが、今思えば本当に可愛げのない性格だったのですっ!誰も手を差し伸べようなんて思わないような嫌なタイプの女。

そこでやっと今回のテーマ「可愛げのある子どもに育てよう」にたどり着きました。最近気になるのは排他的な子育てをする若い家族の存在です。家族の団結が強いのは良いですが、我が家族、我が子ばかりに気持ちが集中していて周囲のこと等おかまい無し。学芸会でなぜ主役をさせない。集合写真でなぜ我が子が端っこに写っている。もっと極端な親は我が家でもさせたことの無い掃除をなぜ学校でやらせるのか。などと真顔で言ってくるのだそうです。こういう育てられ方をした子どもは社会に出てどれほど生きにくいことでしょう。その結果、親や社会を憎むようになっても不思議ではありません。

以前、ある男性から聞いた話しです。彼は昭和30年代に中学を卒業して大阪の工場に集団就職。不安と寂しさの中でなか寮の食堂のおばさんたちからとっても可愛がられその寂しさから逃れられたのだそうです。おかずの量が何となく人より多かったり、そっとみかんやアメ玉をポケットに入れてもらったり。その時はなぜだか解らなかったそうですが、後で思うに彼だけ食器を重ねて食堂にカウンターにさげて「ごちそうさま」を言っていたのだそうです。
「親に当たり前にしつけられていたことがボクを幸せ者にしてくれました」と彼は笑っていました。人様に可愛がられるなんてこれくらいのことなんですよね。どうですかあなたのお子さんはそしてあなた自身は。