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2004年アヴァンティ4月号

■鈍感は不幸の始まり

会議が緊迫している。今引き下がれば数カ月もかけて準備して来たことが台無しになる。勝つか負けるか、私の貧弱な前頭葉はフル回転している。

その時「コーヒーでございまーす、どうぞ」と明るい声、「お熱うございますからお気をつけになってください」とさらに親切。私達も「ありがとう」「ありがとうございます」と笑顔をつくる。え、ところでどこまで話しが進んでいたんだっけと書類に目を落す。

会議中の飲み物は有難いが、もう少しタイミングを見て、あるいはじゃまにならないところにそっと置いて、数ミリこちら側にずらしてくれればそのカップを数ミリ動かす気配で言葉にしなくても「どうぞ」という気持は伝わるもの。こちらも軽い会釈ですみ、仕事が中断される事もない。

言葉づかいやハキハキした口調からきっと優秀な女性だと思うけれど、その場の空気を読むのは苦手らしい。

上司がせかせかとデスクにやって来て「すまないが手が空いたらコピーやっておいて」と書類を置いていく。夕方になり「やっておいてくれた?」と聞く。「いえ直ぐにとはおっしゃらなかったので」と急ぐ様子もない。上司は心の中で思う(この時期急がない仕事なんて無いはず、どれだけ事務所中がバタバタしているか解りそうな物、さっき給湯室でお喋りしてたのは誰だ)って。

私だってスタッフに本当は「直ぐに、急いで」と仕事を頼みたいのだが、つい「後でとか手が空いたらお願い」という風に良い人ぶってしまう。頼む人の口ぶりや、書類の内容で対応の仕方は想像できると思うのだけれど。 その場の空気とか気配、言葉にならない部分を感じ取れないで生活するって恐い事だとおもう。

電話しても「忙しい」の一点張りの彼氏、会うと「疲れた」の連発。決定的な心変わりを知るまで「忙しい彼氏」と思い込んでいて愕然とするのは優柔不断な彼の責任ばかりではないと思う。夫の数十年間の浮気に気づかなかったうかつな妻なんて上には上がいるが鈍感は幸せよなんて言わないで。

子供が非行化して行くのに気づかない親、殴られている子供がいるのに気づかない隣人なんて鈍感のきわみ。

空気や気配を察するのは幸せに生きるために大切な感覚だと私は強く思っている。