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アヴァンティ 2006年 8月号

■「美しく善人で率直な人」

先日、友人数人と集まった時のことです。
その中の1人が突然「この中で一番したたかなのは山際さんよ」と言いました。 私は少しドキッとしましたが、大好きな人の発言だったので、次の言葉を待ちました。彼女は「人間は皆したたかだから、用心して付き合うの」と周りを見回して言葉を続けました。「計算しない人の方にうっかり心を許してしまう。つまり企まない人が本当にしたたかなのよ」。私は「過分なお言葉、恐れ入ります」とおどけましたが、これほど嬉しい褒め言葉があるでしょうか。

私も計算して生きていない訳ではないのですが、その場の自分の激情に負けて本音が出てしまうだけなのです。しかしこの時は「したたかに」黙っていました。
彼女の様なものの見方は面白いですね。ひどく傷つけられるのは悪人からより善い人からの方が多いのはなぜでしょう。悪人からの攻撃は戦い方も逃げ様も有りますが、「自分を善人、優しい人間」だと思い込んでいる人から仕掛けられた事からは逃げにくいのです。こちらには迷惑でも、親切だと思い込んで押し付けてくるのですから。断ると自分の方がすごく悪い人に思えたりして。

具体的には書けませんが最近も「善い人から」ひどい目にあいました。普通の人は自分が決して完全でないと解っているから、悪い部分は閉じ込めて良い部分で人に向き合っていきたいと努力するのではないでしょうか。どうぞ善人さん、私に近寄らないで!

昔何かの雑誌にミスコンテストの審査員がこういうコメントを寄せていました。
「ミスコンに応募してくる女性に美を感じた事はない。本当に美しいと思う人は自分の美しさに少しも気付かず、美しい肢体を労働に歪ませ、艶やかな肌を太陽に焼いてどこかに生きている」。
ここまで哲学的に考えなくても、ハッキリした目鼻立ちでスラリとスタイルの良い美人が濃いお化粧をして歩いていると「ニューハーフ」に見えますものね。美人に厳しくてごめんなさい。

美しい人の定義は難しいですが、「なりたい自分イメージを持っていてそれに向かって努力している人」と私は思っています。漠然としていますが・・。結論は美しく善人で企まず生きるのはなかなか難しいと言うことでしょうか。